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神戸地方裁判所姫路支部 昭和51年(ワ)256号 判決 1981年4月13日

原告 川中勝美

原告 川中一美

右両名訴訟代理人弁護士 岩崎豊慶

同 竹嶋健治

同 藤原精吾

被告 電源開発株式会社

右代表者総裁 両角良彦

右訴訟代理人弁護士 仁科康

被告 株式会社三井三池製作所

右代表者代表取締役 安保大蔵

右訴訟代理人弁護士 石川常昌

被告 株式会社濱田組

右代表者代表取締役 帽田次郎

被告 帽田次郎

右両名訴訟代理人弁護士 中川正夫

主文

一  被告株式会社濱田組及び被告三井三池製作所は、各自、原告中川勝美に対して、金六、六五七万九、九二一円及び内金六、〇一三万〇、七二一円に対する昭和五一年四月七日以降、内金一一万六、四〇〇円に対する同年九月二八日(但し、被告株式会社濱田組に対しては同年同月二六日)以降、それぞれ支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告川中一美に対して、金四〇〇万円及びこれに対する同年四月七日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、支払え。

二  原告らの被告株式会社濱田組及び被告株式会社三井三池製作所に対するその余の請求並びに被告電源開発株式会社及び被告帽田次郎に対する請求は、いずれも、棄却する。

三  訴訟費用の負担については、次のとおりとする。

1  原告川中勝美と被告株式会社濱田組及び被告株式会社三井三池製作所との間に生じたものは、これを一〇分し、その三を原告川中勝美の負担とし、その余を右被告らの負担とする。

2  原告川中勝美と被告電源開発株式会社及び被告帽田次郎との間に生じたものは、全て原告川中勝美の負担とする。

3  原告川中一美と被告株式会社濱田組及び被告株式会社三井三池製作所との間に生じたものは、これを五分し、その三を原告川中一美の負担とし、その余を右被告らの負担とする。

4  原告川中一美と被告電源開発株式会社及び被告帽田次郎との間に生じたものは、全て原告川中一美の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、金二、〇〇〇万円を限度として、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して、原告川中勝美に対して、金一億〇、三九三万六、四九五円及び内金九、三二九万〇、九九五円に対する昭和五一年四月七日以降、内金一四万五、五〇〇円に対する訴状送達の日の翌日以降、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは連帯して、原告川中一美に対して、金一、〇〇〇万円及びこれに対する昭和五一年四月七日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告川中勝美(以下、「原告勝美」という。)は、昭和一七年八月九日生まれの男性であり、アーク溶接、ガス溶接、たまかけの各資格を有する熟練工として、被告株式会社濱田組(以下、「被告濱田組」という。)に雇用されていたものである。

原告川中一美(以下、「原告一美」という。)は、原告勝美の妻であり(昭和四一年一一月二五日婚姻)、両者の間には訴外輝之(昭和四二年一〇月二四日生)、同万喜(昭和四四年六月二六日生)、同憲明(昭和四九年一二月二〇日生)の三子がある。

(二) 被告電源開発株式会社(以下、「被告電源開発」という。)は、電源開発及び電力供給を主たる業務とする会社であって、兵庫県高砂市に火力発電所(以下、「本件発電所」という。)を設置、運転し、その付属設備として、第一号排煙脱硫装置(以下、「本件脱硫装置」という。)を設置し、この運行、管理を行っているものである。

(三) 被告株式会社三井三池製作所(以下、「被告三井三池」という。)は、化学プラント等の製造、販売、修理を主たる業務とするものであって、被告電源開発から注文を受けて本件脱硫装置を製造したうえ、これを本件発電所に設置し、昭和五一年四月三日から、その検査及び修理工事(以下、これを「定検工事」という。)を行っていたものである。

(四) 被告濱田組は、被告三井三池から注文を受けて、本件脱硫装置の定検工事を請負って施工していたものである。

(五) 被告帽田次郎は、被告濱田組の代表者である。

2  事故の発生

(一) 被告濱田組は、被告三井三池より本件脱硫装置の定検工事を請負っていたところ、原告勝美に対して、右装置の第二段リアクター・ベンチュリーノズル本体のステンレス鋼板取付作業(以下、単に「ベンチュリーノズル」といった場合は右ベンチュリーノズルを指し、右作業を「本件作業」という。)を行うよう指示した。

(二) 右作業の概要は、ベンチュリーノズル内側は厚さ約五ミリメートルの樹脂ライニングが塗装された鋼板で覆われているが、下半分が激しい化学作用により腐蝕されていたので、一旦この樹脂ライニングをはつり取り、ステンレス鋼板を貼を当てて、その上から樹脂ライニングを塗装し直すというものである。もっとも、樹脂ライニングの塗装は他の専門職人がやることになっており、本件作業には後記事故の原因となったベンチュリーノズル内壁上方に付着していた石こうスケールをはつり落とすことは含まれていなかった。

(三) そこで、原告勝美は昭和五一年四月七日午前九時三〇分ころから、ステンレス鋼板を貼りつける前段階作業として、ベンチュリーノズル内壁の下半分部分の樹脂ライニングをはつり取る作業を行っていたところ、午前一〇時二三分ころ、突然、上方からベンチュリーノズル内壁に付着していた、厚さ平均一五センチメートル、大きさ約一平方メートル、重さ約二〇〇キログラムの石こうスケールが原告勝美の背、腰部に落下してきた(以下、これを「本件事故」という。)。

(四) 原告勝美は本件事故により第一腰椎の脱臼、骨折、脊髄損傷の傷害を負い、直ちに、兵庫県加西市所在の市立加西病院に入院し、同病院で二度に亘り手術を受けたが、結果的に終生、第三腰髄節以下完全麻痺、第一、第二腰髄節不全麻痺等の後遺症が残ることとなった。

3  被告らの責任

(一) 本件事故の原因は、巨大な化学装置である本件脱硫装置内において、原告勝美ら労働者が作業をするにつき、上方から物体が落下、飛来して労働者の生命、身体を害するのを避けるための十分な配慮がなされてなかったのが原因であり、各被告の責任は次のとおりである。

(二) 被告濱田組の責任

(1)、被告濱田組は原告勝美の雇用者であるから、原告勝美に本件作業を命ずるに当っては、その生命、身体に危害の加えられることのないよう万全の措置を講ずべき労働契約上の安全配慮義務があったのに、これを怠り、本件事故を惹起せしめたのであるから、ここに債務不履行責任を免れない。

(2)、被告濱田組は原告勝美に本件作業を命ずるに当っては、当時本件脱硫装置内には不規則に石こうスケールが付着しており、いつ落下してくるやも知れない状態であったから、その付着状況を確認し、安全な作業方法を指示するとともに、上方に付着して落下のおそれのある石こうスケール等の物体は除去し、万一の落下に備えて防網を設置する等の労働者の安全を確保する措置を講ずる義務があったのに、これを怠り、本件事故を惹起せしめた。ここに民法七〇九条による不法行為責任を免れない。

(3)、被告濱田組はその代表者たる被告帽田次郎の後記不法行為責任につき、民法四四条一項により、同被告と連帯して損害賠償責任を負う。

(三) 被告帽田次郎の責任

被告帽田次郎は、被告濱田組の代表者として、前記(二)(2)記載の落下のおそれのある物体の除去及び防網設置等の義務を有しており、これを怠ったものであるから民法七〇九条による不法行為責任を免れない。

(四) 被告三井三池の責任

(1)、被告三井三池は本件脱硫装置の定検工事を請負い、これを被告濱田組及びその従業員に行わせていたのであるから、当然、原告勝美に本件作業を命ずるに当っては、自ら、前記(二)(2)記載の義務及び各下請業者間での作業日程の調整等に十分関与、監督すべき義務を負うとともに、右(二)(2)記載の点につき被告濱田組を監督、指導、教育すべき義務を負っており、右義務を怠った結果本件事故が発生したのであるから、民法七〇九条による不法行為責任を免れない。

(2)、本件脱硫装置は被告三井三池が被告電源開発から注文を受けて製造、設置し、本件事故当時は二年間の保証期間中であったところ、同被告は右事情のもとで、定検工事を行っていたのであるから右装置の占有者である。

右占有の目的からして、本件脱硫装置内で作業が行われることが予定されていたが、本件事故当時同装置内にはいろんな箇所に石こうスケールが不規則に付着しており、作業員にとってはいつ落下してくるか判らない状況であった。

かかる危険な状態は、土地の工作物たる本件脱硫装置そのものの瑕疵であり、右石こうスケールを除去していなかったことはその管理の瑕疵であるところ、本件事故は右瑕疵が原因で起ったものであるから、その占有者たる被告三井三池は民法七一七条による責任を免れない。

(五) 被告電源開発の責任

(1)、本件脱硫装置の点検、修理は被告電源開発の注文により行われたのであるから、同被告は右(四)(1)記載の被告三井三池と同様の注意義務を負い、これを怠ったため本件事故が起った以上民法七〇九条の責任は免れない。

(2)、被告電源開発は、被告三井三池に注文して、本件脱硫装置を製造、設置していたのであるから、右装置の所有者であり、占有者である。右の装置の設置及び保存に瑕疵があったことは右(四)(2)のとおりであるから、その瑕疵が原因となった本件事故につき、民法七一七条の責任を免れない。

4  損害

(一) 原告勝美は、本件事故により、下半身が完全に麻痺し、労働能力を一〇〇パーセント失った。その妻である原告一美は、三人の子供を育てながら、終生に亘り夫原告勝美を完全介護しなければならなくなった。

原告両名が被った経済的、精神的損害は次のとおりである(なお、以下の損害は慰藉料を除いては全て原告勝美のみが請求するものである。)。

(二) 原告勝美の逸失利益

原告勝美は、本件事故当時満三三才の男性であり、年間約三〇一万八、九〇〇円の収入を得ており、今後三四年間に亘り同程度の収入を得ることができたと考えられる。そこで、右年収を基礎としてホフマン式計算方法を用いて計算すると、原告勝美の逸失利益は金五、九〇一万九、四九五円となる。

(三) 慰藉料

原告両名の被った、そして今後も被り続ける精神的苦痛は計り知れず大きい。両名の苦痛は一時的、一過性のものではなく一生を通じて繰り返されるものである。

右精神的苦痛に対する慰藉料として、原告勝美は金二、〇〇〇万円、原告一美は金一、〇〇〇万円を請求する。

(四) 家屋関係費

原告らの現在の住居は二階建であるが、原告勝美は今後一生車椅子に頼らねばならず、その生活のためには平家建の家を求め、入口等をスロープ型にすること等が必要となった。そのための費用として金五〇〇万円を請求する。

(五) 入院諸雑費

原告勝美は本件事故による傷害の治療及びリハビリテーション施設での訓練のため、少くとも、一、〇〇〇日間は入院もしくはそれ類似の生活が必要である。入院一日に要する諸雑費を一日金五〇〇円として合計金五〇万円の費用を請求する。

(六) 付添費用

原告勝美は終生、人の介護を受けることが必要である。一日の介護料は金二、〇〇〇円が相当であるから、年間で金七三万円を必要とし、本件事故後少くとも三四年間は右費用を必要とすると考えられるので、ホフマン式計算方法により中間利息を控除すると、右金員の合計は金一、四二七万一、五〇〇円となる。

(七) 個室代

原告勝美は本件事故により個室に入院せざるを得なかった。昭和五一年四月分以降の分として支払った金一三万円のうち同年七月分までの金九万六、〇〇〇円を請求する。

(八) 付添婦食事代

原告勝美はこれまで職業的付添婦に対する食事代及び文書料として合計金一六万〇、四〇〇円支払ったので、そのうち昭和五一年四月分から同年七月分までの食事代合計金四万九、五〇〇円を請求する。

(九) 弁護士費用

原告勝美は本件訴訟を原告代理人に委任し、着手金及び報酬として金五〇〇万円の支払を約したので、右金員を請求する。

5  よって、原告らは被告らに対し、その債務不履行若しくは不法行為による損害として、原告勝美は金一億〇、三九三万六、四九五円及び内金九、三二九万〇、九九五円(逸失利益、慰藉料、付添費用の合計)に対する本件事故発生日たる昭和五一年四月七日以降、又内金一四万五、五〇〇円(個室代、付添婦食事代の合計)に対する本件訴状送達の日の翌日以降、それぞれ支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告一美は金一、〇〇〇万円(慰藉料)及びこれに対する本件事故発生日たる同年四月七日から支払済みに至るまで右同様年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

《以下事実省略》

理由

一  請求原因1(二)ないし(五)及び同2(一)、(二)(但し、本件作業の中に本件ベンチュリーノズルの上部に付着していた石こうスケールを取除く作業が含まれていたか否かの点を除く。)の各事実は当事者間に争いがなく、更に原告らと被告濱田組及び被告帽田次郎との間では、請求原因1(一)の事実のうち、原告勝美と被告濱田組との雇用契約の存否を除くその余の事実及び同2(三)の事実中、本件事故が発生したこと並びに同3(二)(3)、3(三)の事実中、被告帽田次郎が、被告濱田組の代表者であることの各事実につき争いがなく、原告らと被告三井三池との間では、請求原因1(一)の事実中、原告勝美がガス溶接等の資格を有していたこと、同2(三)の事実中、原告腰背部に原告ら主張のごとき石こうスケールが落下したこと、同2(四)の事実中、原告勝美が主張の如き傷害を負ったこと及び同3(四)(1)、(2)の事実中、本件脱硫装置は被告三井三池が被告電源開発から注文を受けて、製作、据付したものであり、その性能の保証期間中であって、本件事故当時これについて定検工事を依頼されていたこと、以上の各事実につき争いがない。

二  右争いのない事実に加えて、《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  当事者の関係

(一)  原告勝美は、万喜製作所(後に「万喜工業所」とも称す。)という名称で門扉等の製作を業とする個人営業主であったが、昭和四九年六月ころから被告濱田組のもとで働くようになり(その法的性質については後で述べる。)、一時、同被告からの依頼も途切れることがあったが、昭和五〇年四月頃、同被告の指示により同被告以外の仕事をしないこととして、その頃から本件事故に至るまで仕事も途切れることなく、継続的に、専ら、同被告のもとで、本件発電所を中心とした労働に従事していたこと。

(二)  本件事故当時、被告濱田組は代表者を被告帽田次郎とし、資本金二、四〇〇万円、姫路市に本社を有する他、大阪市等六ヶ所に出張所若しくは工場を有しており、その一つたる高砂出張所は、所長以下四名の主任、七名程度の監督で構成され同所には自動車運転手を除けば直属の現場作業員はおらず、現場労働は後記「班」に属する作業員が右監督らの指揮命令によりこれに従事しており、同被告の営業案内には右班の責任者及び所属作業員もその従業員の如く紹介されていること。

(三)  被告濱田組における右班は、配管工、製罐工等その作業分担により七つの班が存在し、各班は「ボーシン」と呼称される班長(責任者)を中心として、同人の手配する六名ないし三九名程度の作業員で構成され、一つの単位として作業に従事し、互いの交流はなく、班長の名をとって「何々班」と呼ばれていたこと。

右班は、被告濱田組のもとで仕事をするについては、作業により「請取り」と呼ばれる所謂請負契約による場合と、形式上は請負であるが対価が労働時間に応じて支払われる「常用」という形式による場合とがあったこと。

(四)  被告三井三池は同電源開発からの注文により昭和四八年一〇月ごろ、本件電発電所に本件脱硫装置を、また、昭和五〇年二月から同年一二月にかけて、別に、第二号排煙脱硫装置を、それぞれ、製造、設置したものであるが、これら両装置を併せて、その管理維持工事、修理工事等も請負っており、被告濱田組は、遅くとも、これら各工事の行われた昭和四九年ころ以降、被告三井三池からこれらの工事を下請し、前記各班の作業員に行わせており、右作業員らはこれらの工事に関し、建前としては被告濱田組の監督の指示に従うこととなっていたが、これは必ずしも被告三井三池の工事担当者の指示を排除するものではなく、むしろ、不明な点等があれば、直接、右担当者に尋ね、その直接の指導により作業を遂行することも多く、被告三井三池工事担当者においても工事現場における従来の継続的な関係から、右各班作業員の技量、能力等を承知しており、作業によっては特定の班に行わせるべきことを被告濱田組に対して要請することもあったこと。

原告勝美もこれまでに何度か被告三井三池から作業図面の交付を受けて、直接、同被告工事担当者の指示のもとに配管等の作業を行ったことがあり、これらの指揮従属関係は後記定検工事においても特段の変化は見られなかったこと。

(五)  原告勝美は川中班のボーシンであり、自ら二名ないし五名程度の作業員を使用して、専ら前記常用形式により、被告濱田組が指示するスケジュール、作業内容に従い、製罐工、仕上工としての仕事、あるいは清掃等の雑役に従事し、場合によってはメンテナンスと呼ばれる本件脱硫装置の維持、管理工事のため、被告三井三池に派遣され、直接、同被告に出勤簿を提出して、その指揮命令に従うこともあり、いずれにしても仕事の内容、方法については裁量の余地が殆んどなく、通常、毎週日曜日は休日、勤務時間も午前八時から午後五時まで(正午から一時間休憩)と定められていて、作業中は被告濱田組のヘルメットを着用する他、作業に必要な道具、資材等も全て同被告のものを使用しており、その対価は川中班作業員全員の時給を金一、〇〇〇円とし、これに時間外手当(時給の二割五分増)及び自動車のガソリン代を加えて計算した金額と見合う額を、原告勝美が万喜工業所名で、その都度、従事した仕事の請負代金という形で被告濱田組に対し請求し(請求書に記載する仕事内容、金額については、被告濱田組の監督の指示を受ける。)、その中から作業員各自にはその時給を金九〇〇円から金九五〇円程度として計算した額を支払っていたこと。

2  定検工事

(一)  本件脱硫装置は、昭和四九年一一月、完成され、以後二年間は被告三井三池においてその性能を保証する約束で、昭和五〇年二月、被告電源開発に引渡されたものであるが、右装置は、本件発電所において排出される排煙中の硫黄酸化物や媒塵を除去することを目的とした、主として、第一段、第二段スクラバ、第一段、第二段リアクター及びペーハー調整塔の五塔からなる巨大な地上構築物たる化学装置であること。

(二)  被告電源開発は年に一回ボイラーを停止させて、発電装置等の点検を行うので、被告三井三池もこの機会を利用して、前記保証条項に基く必要な修理、点検工事を行うことを計画し、本件脱硫装置について第一回目の工事は昭和五〇年三月から四月にかけて既に実施され、第二回目の工事、即ち本件にいう定検工事が昭和五一年四月に行われることになったこと。

(三)  被告三井三池においては第二回目の工事も被告濱田組に行わせることとし、行うべき工事内容等を検討し、昭和五一年三月一〇日、三四件に及ぶ工事を行うことを計画し、その仕様書及び施工要領書も作成されたが、当初、右計画の中には本件作業は含まれていなかったところ、同月一三日、ベンチュリーノズルに穴があいていることが発見され、翌一四日、被告電源開発からその修理の依頼があったので、取り敢えず原告勝美にその応急工事を行わせるとともに、定検工事の一環として右修復工事をも行うことを決め、同月一七日、全工事の工程表が作成されたこと。

(四)  当時、被告三井三池における本件脱硫装置についての現場業務の統括者は、プロジェクト・マネージャーたる訴外杉森日出夫であり、工事部門には訴外角以下四名の担当者がおり、そのうち同西片新二郎が第二段リアクターの工事を担当し、同川野辺幸雄が定検工事全般の安全管理を担当することになったこと。

(五)  被告三井三池は、同月二〇日、被告電源開発と定検工事について協議し、その席上本件脱硫装置のリアクター本体及びこれと連結するベンチュリーノズル付近に付着しているものと予想される石こうスケール(同年四月一日にリアクターのマンホールが開放されるまでは内部の石こうスケールの正確な付着状況は不明であった。)の処理如何についても検討されたが、その結果、今回は右石こうスケールのはつりそのものを目的とした作業は行わないこと、但し、被告三井三池が他の作業を行ううえで必要がある場合には、同被告において必要限度のはつり作業を行うことが決ったこと。

その後、同月二五日、被告三井三池側から前記杉森、川野辺、西片らが出席して、被告濱田組の高砂出張所長たる訴外丸山昭宏、訴外松本直治、同高橋隆道と定検工事の施工方法等につき、約一時間半くらいにわたり打合せを行ったこと。

(六)  ところで、本件作業の内容は、本件脱硫装置第二段リアクター塔内、地上約一〇メートル付近で、右リアクター本体と連結されているベンチュリーノズル下部(以下、ベンチュリーノズルの上部、下部というときは、ベンチュリーノズルを全体として見た場合の上方、下方の関係を示すものではなく、これを連結部付近において輪切りにして見た場合の輪の上、下の関係をいう。)にあいた穴に対し、右ノズル下半分に内部からステンレス鋼板を貼り当てて塞ぐというものであり、右作業の手順として当該貼り当て部分に付着している石こうスケール及び樹脂ライニング塗装を、まず、除去しなければならないことは当然であるが、その際ベンチュリーノズル内壁上方に付着している石こうスケールをどうするかとの点は、被告三井三池及び同濱田組においても、これが前記作業中に落下してくるとは予想しておらず、したがって、前記被告三井三池と同電源開発との協議においては勿論、右同濱田組との打合せにおいても、この点はあまり意識されないまま、結果としては、右上部石こうスケールのはつり作業が正式の工程として予定されることはなかったこと。

(七)  被告濱田組は、同月二九日、前記各班の作業員に対し、定検工事の概要を説明し(原告勝美は欠席)、同年四月一日にも、右工事開始に先立ち同じく作業の安全に関する事等一般的な注意をしたけれども、右いずれの際にも、本件脱硫装置内に付着している石こうスケールが落下してくる危険性があるとか、頭上にある右スケールは最初に除去すべしとかいう趣旨の注意はなく、塔槽内では上下作業(上下二ヶ所に別れて作業すること。)に注意するように等の一般的注意に止まったこと。

3  本件事故の発生

(一)  原告勝美は、同年三月二五日ころ、被告濱田組から、定検工事について川中班が行うべき工事名と工事内容を記した書面(甲第一一号証)の交付を受けて、本件作業は川中班でやるとの指示を受けたこと。

(二)  原告勝美は、昭和五〇年六月にも本件ベンチュリーノズルで本件作業と全く同一の作業を行っていた(その際も、内壁上部の石こうは除去していない。)ので、被告濱田組は今回の作業を命ずるに当っては、その作業内容、手順について、具体的な指示も与えておらず、ただ前回行ったと同様の作業である程度の説明があっただけで、石こうスケールが落下してくる危険性や、まず右スケールを除去して本件作業にかかれという注意は行われなかったこと。

(三)  原告勝美は、被告三井三池の前記西片新二郎から本件作業に用いるステンレス鋼板の大きさや貼り重ね方について指示を受けて、これを準備し、昭和五一年四月七日から本件作業を行うことになったこと。

(四)  右当日、原告勝美は朝のミーティングで被告濱田組の監督である前記高橋隆道から、作業内容については被告三井三池の前記西片新二郎に訊いてやること及び石こうスケールはできるだけ取ること、との指示を受け、川中班の訴外藤井政彦及び同金子重利とともに第二段リアクターに赴いたこと。右リアクター内部にはほぼ全面にわたって石こうスケールが付着しており、その厚みは五センチメートルから一五センチメートルくらいまでで、場所により異っていたが、ベンチュリーノズル上部には最も厚く一五センチメートル程度付着しており、下部はほとんどなく二、三センチメートル程度付着していたに過ぎなかったが、いずれも、固くかたまっていてその化学的性質等の知識に乏しい原告勝美らが一見したところでは、右リアクター本体ないしはベンチュリーノズルから容易に剥離したり、落下してくるようには見られなかったこと。

(五)  そこで、原告勝美らは既に前日訴外田中某により設置されていた作業足場へ昇るべく、はしごを掛けたりして、午前九時三〇分ころ本件作業を開始し、まず原告勝美が鉄パイプでベンチュリーノズル上部の石こうスケールをつついてみたが、剥離、落下してくる様子もなく、もともと、右足場では、上部の石こうスケールが落下して来た時に逃げ場がないのでその場ではつることもできず、前回同様の作業をしたときも、上部の石こうスケールをはつるようなことはしていないので、前記高橋の指示は、当然、下部の石こうスケールを本件作業を行うついでに出来るだけ除去して欲しいとの趣旨だと理解し、上部の石こうスケールはそのままにして作業を進めることに決め、ベンチュリーノズル内は円筒状で内径一・四メートルと狭いうえ滑って足場も悪く、約三五度の角度もあるので、前記作業足場の上に更にベンチュリーノズル内に通じる足場板を置き、ここから前記藤井と交替で下部の石こうスケール及び樹脂ライニングをはつることとし、最初に右藤井がハンマーで約二・三〇分間石こうスケールをはつり、次に、原告勝美が同じくハンマーで樹脂ライニングをはつっている最中、午前一〇時二三分ころ、下部をはつり取られて支えを失った上部石こうスケール(一平方メートルくらい、約二〇〇キログラム)が右原告勝美のはつる振動により、ベンチュリーノズル上部から剥離し、一体となって同原告の腰、背部に落下してきて、原告勝美は、これにより右石こうスケールと前記足場板等にはさまれ、第一腰椎脱臼、骨折、脊髄損傷の傷害を負ったこと。

なお、原告勝美は自らは労災保険に加入しておらず、右傷害等については被告三井三池を事業主とする労災保険の適用を受けることになったこと。

(六)  本件事故発生当時の本件発電所内における安全管理体制としては、被告三井三池及び他の下請企業の安全担当者(場合によっては、被告電源開発の後記安全協議会員も参加する。)による安全パトロールが毎週二回実施され、その結果報告と対策協議等のため毎月一回これら関係者による安全衛生協議会が開催されていたこと。被告濱田組には元来安全専任として訴外上野栄司がいたが、定検工事時には不在であり、専ら、被告三井三池の前記川野辺幸雄が右パトロール及び協議会に参加し、その結果や注意事項を被告濱田組に通知していたこと。右川野辺はこれらパトロール等に参加する他、自らの業務として、毎日、作業現場を見廻り、作業方法等につき危険な点等を発見した場合には、その都度当該作業員に直接、あるいは被告濱田組の監督を介して、注意をし、これらの諸点を改めさせていたこと。

4  本件脱硫装置と石こうスケール

(一)  本件脱硫装置は設計上は石こうスケールの付着等の所謂スケールトラブルが生じないものとされていたが、被告電源開発において十分な工場用水を確保できなかったためもあって、前述の如くいたる所に石こうスケールが付着することとなったこと。

(二)  右装置内に発生する石こうは、細い針状の結晶であって、これが成長するに及んで前後、左右に複雑に入り組み、スケールと呼ばれる厚みをもったものとなるが、右スケールは本件脱硫装置を通常の方法で運転する限りにおいては容易に落下したりするものではなく、これにより右装置の運転に支障を来したり、危険を発生せしめるものではないこと。

(三)  右石こうスケールの化学的性質等については、被告三井三池及び同濱田組は十分理解していたところから、その付着状況等を調査すれば、本件作業を行うにつき、これに外力が加えられた場合には、ベンチュリーノズル等から剥離落下するおそれがあることは当然予想できたこと。

以上の各事実が認められる《証拠判断省略》。

なお、証人杉森日出夫、同川野辺幸雄及び同丸尾昭宏(第二回)は、前記昭和五一年三月二五日の被告三井三池と同濱田組との打合せの席上、被告三井三池から同濱田組に対し、本件作業を行うに際しては、まず本件ノズル上部の石こうをはつり落してから行うようにとの指示があった旨証言し、同じく右証人丸尾(第二回)は、同月二九日には被告濱田組の従業員たる前記高橋及び同松本を通じて、原告勝美へ右趣旨の指示をなした旨、又右証人川野辺も本件事故当日には原告勝美へ、その前日たる四月六日には被告濱田組の前記高橋へ同趣旨の指示をなした旨、それぞれ証言し、右丸尾証言にいう三月二九日の指示内容を記載したという書面(丙第七号証)も存するところである。しかし、《証拠省略》を総合すると、(一)原告勝美が被告濱田組から受取った工事内容の説明書(前記甲第一一号証)には、本件作業の内容として、「SUS板当板」とのみ記載されており、本件ノズル上部の石こうはつりの件は何ら記載がないこと、(二)右石こうはつりは、三、四人の作業員で行っても、丸一日かかる程度の仕事量があるにもかかわらず、被告三井三池が作成した昭和五一年四月二日から同月一〇日ころまでの週間工程表には、本件作業日程としては同月六、七日は足場作り、八日以降は補修及びライニング塗装との趣旨の記載のみがあって、石こうはつり作業の予定が記載されていないこと、(三)本件作業を安全に行うためには本件ノズル上部の石こうスケールをはつる必要があるところ、右石こうスケールは訴外田中が設置した前記足場からさらに約二メートル上方付近に付着していて右足場において右石こうスケールをはつることは非常に困難であるうえ、仮にはつった石こうスケールが落下して来た場合、作業員にとってベンチュリーノズル内部では逃げ場がないので危険であること、したがって、右足場はベンチュリーノズル上部の石こうスケールをはつることを予想して設置されたものではないこと、(四)本件事故前に被告濱田組あるいは同三井三池において、上部の石こうスケールを除去する具体的方策を検討したことはないこと、(五)被告三井三池の前記杉森日出夫及び同川野辺幸雄は、本件事故前には第二段リアクター及びベンチュリーノズル付近に付着している石こうスケールの厚み及びその付着状態について厳密に調査検討したことはなく、右リアクター下部のマンホール付近からおよその状況を見ていたに過ぎないこと、更に、同被告の本件作業担当者たる同西片新二郎は本件事故前には右リアクター内に入ったことも、付着している石こうスケールを調査したこともなく、従って右リアクター及びベンチュリーノズル付近に付着している石こうスケールが落下してくる可能性について検討すらしておらず、少くとも同人自身はその危険性等につき、原告勝美に何らの指示もしていないこと、以上の各事実が認められ(右認定を左右するに足りる証拠はない。)、これに加えて、(六)既に述べたとおり前記被告三井三池と同濱田組の打合せは時間にして一時間半程度のものであり、その間に本件作業を含めて三五件もの作業の打合せが行われたのであるから、その内容はいきおい概括的なものとならざるを得ず、個々の作業につきどの程度具体的な検討がなされたかは疑問なしとしないうえ、この時点では第二段リアクター自体がまだ開放されておらず、石こうの付着状況そのものも十分把握できていない段階であるから、なおさら、前記証言の如き指示がなされたとは考え難く、(七)前記丸尾証言による三月二九日の指示の点についても、右証人は前記のごとく証言し、これに副う記載部分のある書面(丙第七号証)も存するが、右丙第七号証の記載部分は、原告勝美の受取った同旨の書面たる前記甲第一一号証の当該部分とは全く異なる記載内容であり、右丸尾証言にいうように単に口頭説明した内容をメモしておくには極めて不自然な記載方法というべきであって、本件事故後に記入されたのではないかとの疑いも払拭し切れないところであり、(八)前記川野辺証言についても、事故直前に右証言のとおり注意をしていたならば、当然、その記憶も鮮明なものと考えられるが、右証言内容はあいまいな点が多く、具体的指示内容自体はっきりしない面があり、更に、(九)原告勝美は、前述のとおり、労働時間に応じて対価の支払いを受けていたのであるから、敢て危険を犯してまで本件作業を急ぐ理由もなく、証人藤井政彦及び原告勝美(第一、二回)ともに、「本件作業中に石こうスケールが落ちてくるとは考えなかった、右スケールが危険とか本件ノズル上部のスケールをはつれという指示は誰からも受けていない。」旨の供述をしていること、との事情もあり、これらを併せ考えると、前掲各証拠は措信し難いものといわざるを得ず、他に、本件作業において、ベンチュリーノズル上部の石こうスケールをはつり落す作業が予定されており、その旨の指示や石こうスケールが落下してくる危険性についての説明が原告勝美に対してなされたと読むべき適格な証拠も存しないから、右の点に関しては、結局前記のとおり認定すべきこととなる。

三  そこで、以上の事実を前提として被告らの責任を検討する。

1  被告濱田組の責任

被告濱田組と原告勝美との法的関係について検討するに、前記二1に認定のとおり、原告勝美は昭和五〇年四月以降本件事故に至るまで、継続的に、専ら、被告濱田組の指示する労働にのみ従事しており、その対価は自らが代表者である万喜工業所名で、請負代金という形式で請求(その工事名等については被告濱田組の監督の指示がある。)し、自ら二名ないし五名の労働者を川中班作業員として使用し、その使用により利益を上げていたとの事実もあるが、右期間中被告濱田組とで「請取り」という所謂請負契約によったことはなく、常に前記「常用」という形式により、その対価の実質は労働時間に応じて(川中班全員を時給金一〇〇〇円として)支払われていたということであり、具体的作業に関しては自らの裁量、判断による余地はなく、専ら被告濱田組あるいは被告三井三池の担当者の指示に基き、作業中は被告濱田組のヘルメットを着用し、作業に必要な資材、道具類は同被告のものを使用し、休日及び労働時間の定めもあって、時間外手当等の支給もあったのであるから、これらの事実を総合すると、原告勝美と被告濱田組とで雇用契約が締結されていたものとまではいえないにせよ、少くとも、被告濱田組は原告勝美の行なう作業につき、同原告を指揮監督すべき関係にあり、従ってその安全管理責任を負わねばならない立場にあったものといえるから、その意味で原告勝美は被告濱田組の被用者に準じるものといわねばならない。

ところで、被告濱田組は、前述のとおり、被告三井三池より本件脱硫装置及び第二号排煙脱硫装置の維持管理工事及び修理工事を請負い、右工事を傘下の各班作業員に行わせるとともに、工事現場において、同被告の監督者が右工事施工を指揮、監督していたものであるから、同被告はかゝる立場上、本件脱硫装置の構造、本件作業の内容及び本件脱硫装置内における石こうスケールの形成についても認識があり、本件作業の内容及び日程打合せの段階において本件ベンチュリーノズル内の石こうスケールの付着を予測していたものと考えられる。既に述べたように、本件作業の手順としてはまず、ベンチュリーノズル下部の石こうスケールを除去しなければならないが、右に述べた被告濱田組の立場等からすれば右石こうスケールの除去により上部に残された石こうスケールが不安定となり、作業に伴う振動や右残存石こうスケールの自重がこれに加わって、右作業中に、上部石こうスケールが落下してくる危険性のあることは、被告濱田組においては当然予想し得るところというべきであるから、同被告が右作業を原告勝美に命じるに当っては、たとえ、同原告が、従前、同一場所で同一作業を経験し、その際は無事であったとしても、同原告の右作業に伴う石こうスケール落下の危険に対する認識の程度に鑑み、被告濱田組において、事前に、ベンチュリーノズル付近の石こうスケールの付着状況を十分に調査、検討し、右ノズル上部の石こうスケールをまずはつり取った後に本件作業にとりかかるように明確に指示し、右石こうスケールをはつる方法等についても安全な手段を講ずべき義務があったものというべく、かゝる手段を講じないまま原告勝美に前記作業を指示した結果本件事故に至った以上、同被告は本件事故により原告らの被った損害につき、民法七〇九条により賠償の責を免かれないものである。

2  被告帽田次郎の責任

原告らと被告帽田次郎との間では、同被告が被告濱田組の代表者であることにつき争いのないことは前述のとおりである。

ところで、前述のとおり、被告濱田組は本件定検工事の一部を同三井三池から請負い、原告勝美ら各班労働者にこれを行わしめていたのであるが、右請負契約の最終的決断が被告帽田次郎によりなされたであろうことは、同被告の地位に鑑み、ある程度これを推認し得るにせよ、本件中には同被告が右定検工事の内容や作業方法等につき、直接関与し、これを指揮監督していたと認め得る証拠は何ら存せず、かえって、前記昭和五一年三月二五日の被告三井三池と同濱田組との打合せの出席者等からすると、本件定検工事を含め本件発電所における事業の具体的内容、進行、安全管理等は全て同被告の高砂出張所長たる前記丸山昭宏に一任していたとの事情すら窺われるところである。思うに、法人たる会社において、その業務の遂行中に従業員等にいわゆる労災事故が発生した場合、その代表者個人は、自らが直接、あるいは配下の従業員を介して間接、具体的に当該業務を指揮監督し、若しくは指揮監督すべきであったと認め得るような特段の事情が存する場合は格別、単にその代表者であるというだけで、当該作業につき、いわば抽象的な監督権を有するに過ぎない場合には、個人として当該労災事故についての損害賠償責任を負わないものと解するのが相当である。これを本件についてみるに前記認定の被告濱田組の規模や本件定検工事の内容等に照らすと、本件作業は被告帽田次郎が直接指揮監督すべきであったものとも認め難く、他に同被告が被告濱田組とは別に本件事故による損害につき責任を負うものと解せられるような事情の主張もないから、結局、原告らの同被告に対する請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないものといわねばならない。

3  被告三井三池の責任

前示のとおり、被告三井三池は、同電源開発からの注文により、本件脱硫装置を製造、設置し、その保証期間中であったことから、同被告から本件定検工事を請負い、その実際の作業を被告濱田組らに下請させて、自らは前記杉森日出夫以下、各工事の担当者及び工事全体の安全担当者を定めて、本件定検工事を行ったものであり、被告濱田組は、遅くとも、被告三井三池が本件脱硫装置の製造あるいはその点検工事等を請負った昭和四九年ころからの継続的な下請企業であって、その独立性に乏しく、また、原告勝美ら同被告の前記各班の作業員は、基本的には被告濱田組の監督の指示に従っているが、これは決して被告三井三池の各工事担当者等の指示を排除するものではなく、これまでにも本件発電所における各種の作業において、右作業員らが不明確な点等につき直接、被告三井三池の担当者に指示を求めたことは珍しくなく、被告三井三池においても従来の関係から右作業員らの能力、適性を十分承知していて、作業内容によっては特定の班若しくは作業員を指名してこれに当らせることもあり、特にメンテナンス工事の時は、作業員らは直接被告三井三池に出勤簿を提出して、その指揮下に置かれており、これらの事情(但し、メンテナンス工事のことを除く。)は本件定検工事についても同様であって、その作業内容及び日程は全て被告三井三池において決定し、原告勝美は被告三井三池の第二段リアクター工事担当者たる前記西片新二郎から、昭和五一年三月二五日ころに、本件作業に用いるステンレス鋼板の大きさや貼り合わせ方法につき指示を受け、本件事故当日にも被告濱田組の監督たる前記高橋隆道から、本件作業については右西片に訊いてやるよう命令されて事故現場へ赴いたものである。又、各作業の安全管理の面でも、被告三井三池の安全担当者である前記川野辺幸雄は、毎日作業現場を見廻って、危険な作業方法等を発見した場合には、被告濱田組の監督を介し、あるいは、自ら直接、当該作業員に注意してこれを改めさせる他、毎週二回の安全パトロール、毎月一回の安全衛生協議会に出席する等して、本件定検工事が安全に行われるよう監視していたのである。

これらの事実に鑑みると、原告勝美と被告三井三池との間には、形式上は直接の雇用契約ないし請負契約は存しないのであるが、実質的には両者の間にも、雇用契約に準ずる程度の使用、従属という関係があり、原告勝美は作業面において被告三井三池の指揮監督に、また、労働、安全衛生の面において同被告の管理に、それぞれ、服していたものといえる。そして、右の場合の如く、両者の間に実質的な使用従属関係の存する以上、被告三井三池は原告勝美に対して、その安全を確保する義務を負うべく、本件作業についていえば、前記三1の被告濱田組の責任について述べたと同様に、ベンチュリーノズル上部の石こうスケールの付着状況を精査し、その落下により作業員に危害が及ばないように配慮すべき義務、あるいは少くとも被告濱田組を介してこれらの安全対策を徹底させる義務を負っていたものと解され、右義務を尽さなかったことにより本件事故が発生したのであるから、これにより原告らが被った損害を賠償すべき責を負わねばならない。

4  被告電源開発の責任

前記のとおり、被告電源開発は本件脱硫装置の所有者であり、且占有者であって、その定検工事を被告三井三池に請負せた注文主である。

ところで、原告らは、第一に、右の如き注文者である被告電源開発に対して、本件脱硫装置内での作業の危険性等に鑑み、同被告も各下請労働者の作業工程等を十分監督、指示して、その安全を配慮すべき義務があり、これを怠って本件事故が発生した以上、同被告は民法七〇九条の不法行為責任を負う旨の主張をするが、既に認定したとおり、被告電源開発は、本件脱硫装置が未だ被告三井三池による性能保証期間中であったことから、その必要とされる定検工事の一切を、その工程、作業方法等を含めて、被告三井三池に依頼したのであるから、その工事を実際に施工するに当って、同被告が更にこれを下請業者に依頼したり、その作業方法に誤りがあったとしても、それらのことは基本的には被告電源開発の関知するところではないといわねばならない。けだし、被告三井三池は被告電源開発とは独立して、自らの裁量と判断とにより、原告勝美ら作業員を自己の指揮監督下において、本件定検工事を実施したものであり、その作業方法や手続等につき、被告電源開発が具体的に何らかの指示をしたとか、指示すべき立場にあったとかの事情を認め得る証拠は何ら存しないからである。してみると、被告電源開発は原告らが右に主張するが如き注意義務を負担する所以はなく、結局原告らの右主張は失当たるを免かれない。

次に、原告らは被告電源開発が本件脱硫装置の所有者であり、且占有者であることから、同被告は民法七一七条に基づく責任を負担すべき旨主張するが、同被告が本件脱硫装置の所有者であり、且占有者であって、右装置が土地の工作物にあたること、及び右装置内に石こうスケールが付着したのが、工場用水の供給不足という右装置運行上の問題点にも一因があったことは既に認定したとおりであるが、しかし、前述した如く、本件脱硫装置は、もともと、内部に人が入ることを予定しているものではなく、その内部に多少の石こうスケールが付着したとしても、右装置を本来の目的のために運行、作動させる限りにおいては何らの危険性を伴うものではないのであって、本件事故は右装置内の破損個所を補修すべく内部に入った原告勝美により、ベンチュリーノズル下部の石こうスケールをはつったり、樹脂ライニングをはつるべくハンマーにより振動を与えたりという、いわば積極的な作為が加えられたために発生したものである。かかる場合に右ベンチュリーノズル上部の石こうスケールが落下して来たとしても、これをもって、本件脱硫装置が本来客観的に有すべき安全性を欠いているものということはできず、又右石こうスケールを付着せしめたこと及びこれを事前に除去していなかったことをもって、本件脱硫装置の保存に瑕疵があるともいえないことも明らかである。

以上のとおりであるから、原告らの被告電源開発に対する主張は、いずれも理由がないから、その余の点につき判断するまでもなく失当である。

四  そこで、本件事故により原告らの被った損害について検討する。

1  原告勝美の逸失利益

《証拠省略》を総合すると、原告勝美は昭和五一年四月七日本件事故により脊髄損傷等の傷害を受け、直ちに高砂市民病院へ運ばれ、同日中に市立加西病院へ転医のうえ、翌年一月三一日まで入院し、同病院で右事故当日及び昭和五一年五月一九日の二回に亘り手術を受け、昭和五二年二月一日から昭和五三年四月一一日まで、玉津リハビリテーションセンター附属中央病院機能回復訓練課で機能回復訓練を受けた(昭和五二年八月三一日までは入寮して)こと、右努力にもかかわらず、昭和五一年一一月ころには症状が固定し、現在に至るまで、両股関節以下全関節自動不能、第一、二腰髄節知覚鈍麻、第三腰髄節以下全知覚脱失、膀胱、直腸障害、慢性尿路感染の後遺症を残し、自力で座位を保つことはできず、車椅子の使用が必要であり、(身体障害者福祉法別表第五号の第二(第一級)該当と認定)、住居内等における移動や入浴等に必ず妻たる原告一美の介護を必要とする他、天候や気温の加減により痛みやしびれ感を覚え、尿意、便意はなく、排便には浣腸を必要とし、性的結合は不能であって、褥瘡、尿路感染及び骨萎縮を防ぐ等のためには毎日入浴することと原告一美によるマッサージ及び腰部から下の関節の屈伸を欠かすことができないこと、原告勝美は本件事故当時満三三才(昭和一七年八月九日生)の健康な男子(右年令の点は原告らと被告濱田組との間では争いがない。)であり、アーク溶接、ガス溶接、たまかけの資格を有する熟練工(以上の事実は、原告らと被告濱田組及び同三井三池との間で争いがない。)であって、その労働によって一日平均金八、二七二円の収入を得ており、本件事故に遭遇しなかったならば、その職種や資格等に鑑み、少くとも向後三四年間に亘って右同程度の収入を得ることができると考えられること、原告勝美は昭和五三年四月一三日から翌年三月二三日まで身体障害者職業訓練校に学び、写植の技術を身につけたが、前述のとおりの身体の状況と仕事要の乏しさから、これにより一定の収入を期待することはできないこと、以上の各事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、原告勝美は本件事故により、その労働能力を一〇〇パーセント失ったものと認めるのが相当であるから、前記平均日収を基礎として年収を算出し、向後三四年間に亘る総収入からホフマン式計算方法により中間利息を控除すると金五、九〇二万六九二四円となる。

2  慰藉料

(原告勝美の慰藉料)

原告勝美は本件事故により、前述のとおり、脊髄損傷等の傷害を受け、二度の手術及び一〇ヶ月に及ぶ入院生活並びに一年二ヶ月以上にわたる機能回復訓練を余儀なくされ、しかも両股関節以下全関節自動不能等の、いわば下半身不髄ともいうべき重大な後遺症を残すに至った。原告勝美は、右後遺症による社会生活上の不便さはもとより、その肉体的苦痛や排尿、排便の不自由さに基づく精神的気使い、屈辱感あるいは健康を保つために入浴やマッサージ等が不可欠とされることによる精神的苦痛、周囲への遠慮並びに将来の健康状態に対する不安等を今後一生にわたって持ち続けなければならないのである。そこで、右諸事情及び後記本件事故における原告勝美の過失を総合勘案すると、原告勝美の慰藉料としては金一、二〇〇万円を相当と認める。

(原告一美の慰藉料)

原告一美は、原告勝美の妻であり(昭和四一年一一月二五日婚姻)、右両者の間には前記輝之(昭和四二年一〇月二四日生)、同万喜(昭和四四年六月二六日生)及び同憲明(昭和四九年一二月二〇日生)の三子がある(以上の事実は原告らと被告濱田組との間では争いがなく、原告らと被告三井三池との間では《証拠省略》によりこれを認める。)。

原告一美がその夫たる原告勝美の本件事故により、その後の入院生活から現在に至るまで、夫婦として共にその苦痛を分ち合い、毎日マッサージを施す等同人の世話に種々忙殺され、その健康を気使い、更に、同人、自己及び子供らの将来を思って暗澹たる日々を過したこと、又将来においてもかかる精神的苦痛を味い続けるであろうことは想像に難くない。そこで、右諸事情及び後記本件事故における原告勝美の過失を総合勘案すると、原告一美の慰藉料としては、金四〇〇万円を相当と認める。

3  家屋関係費

前述のとおり、原告勝美は本件事故により車椅子による生活を余儀なくされ、健康を維持するに不可欠とされる風呂等も通常の形式のものでは独力での利用は不可能である。《証拠省略》によると、原告らが現在居住している家屋は横に長い借地上にあって車椅子生活者用に右家屋を改造することは困難なこと及び原告らは既に原告勝美の生活に適する平家建の家屋を建築するため、原告一美名義のローンにより土地を購入していること、がそれぞれ認められるが、かかる場合原告らが新たに家屋を建築するに当り、これを原告勝美の生活に適するように階段をスロープ状にしたり手すりを付けたりした構造とし、そのために余分に必要となる費用は、その家屋の規模、構造が前記家族構成及び原告勝美の身体の状況に照らして、社会通念上相当と認められる範囲内である限り、本件事故と相当因果関係にある損害と解するのが相当である。

《証拠省略》によれば、原告ら夫婦及び子供三人の家族にとって、社会通念上相当と認められるいわゆる五DK(洋室三室、和室二室、台所)の家屋を一般向住宅として建築した場合と車椅子使用者用住宅として建築した場合との差額は金三三二万五、三〇〇円となることが窺えるが、右見積り自体、やや大雑把なものであり、その家屋の仕様等も必ずしも明らかでないから、右諸事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある損害としては、右金額を控え目に見て、その内の約八割に当る金二六六万円をもって相当と認める。

4  入院諸雑費

前述のとおり、原告勝美は本件事故により昭和五一年四月七日から昭和五二年一月三一日まで市立加西病院へ入院し、続いて、同年二月一日から同年八月三一日まで玉津リハビリテーションセンター附属中央病院へ入寮のうえ、機能回復訓練を受けた。したがって、右合計五一二日間は入院若しくはそれ類似の生活を余儀なくされた訳であって、右期間中の一日につき金五〇〇円の諸雑費は本件事故と相当因果関係のある損害と認められるから、合計で金二五万六、〇〇〇円の損害を被ったことになる。

5  付添費用

前述のとおり、原告勝美は下半身不髄となり、社会生活を送るためには常に他人の介護を要するものと認める。右介護に要する費用は受傷直後は勿論のこと症状固定後も、介護の内容が入浴の補助や車椅子による移動の補助、下半身のマッサージ、屈伸等かなりの労力を必要であることに鑑みると、少くとも一日につき金二〇〇〇円(年額金七三万円)を下らないものと認められ、本件事故後三四年間は右費用を必要とするものと考えられるので、これをホフマン式計算方法を用いて中間利息を控除すると、合計金一、四二七万一、五〇〇円となる。そこで、右金員を本件事故による原告勝美の損害と認める。

6  個室代、付添婦食事代

《証拠省略》によれば、原告勝美は市立加西病院に入院中、昭和五一年四月七日から同年七月三一日まで同病院の個室、五〇二号室を利用したこと、その個室代として、同年八月一二日までに金九万六、五〇〇円を支払ったこと、右期間中、付添婦を依頼し、その食事代として、同じく同年八月一二日までに金一〇万二、二四〇円を支払ったこと、がそれぞれ認められ、これらの支出は原告勝美の傷害の程度等に照らせば、やむを得ないものと認められる。

なお、原告勝美は頭書名目の損害については、右認定額以下の請求しかしていないから、その請求にかかる、個室代については金九万六〇〇〇円、付添婦食事代については金四万九五〇〇円の合計金一四万五五〇〇円の限度で本件事故による損害と認める。

7  弁護士費用

弁論の全趣旨により、原告勝美が本件訴訟を原告ら訴訟代理人に依頼し、その着手金及び報酬として、金五〇〇万円の支払いを約したことが認められ、右訴訟委任の点は本件の事実関係等に鑑み、やむを得ないものと解され、又その報酬額についても、本件における事実関係の複雑さ、法律解釈の難易度、訴訟に要する期間並びに後記認容額等諸般の事情を考慮すると、右金五〇〇万円という額は相当であり、これを本件事故による損害と認める。

8  以上合計額九、七三五万九九二四円となるところ、右認定を超える証拠はない。

(損益相殺の主張)

原告勝美が労災保険から、昭和五一年四月から昭和五三年一月までの分として、休業補償給付として金四三八万〇、四五四円、障害補償給付特別支給金として金二二八万円の合計金六六六万〇、四五四円の支給を受け、更に、同年二月から同年一二月までの分として、傷病補償年金として金二〇八万八、五六六円、福祉施設給付金として金四〇万一、一〇八円の合計金二四八万九、六七四円の金員の、又、昭和五四年一月から昭和五五年四月までの分として、障害補償年金として金三三四万八、九五六円、福祉施設給付金として金六三万五、九三八円、労災就学等援護費として金一四万七、〇〇〇円の合計金四一三万一、八九四円の、それぞれ支給を受けたことは当事者間に争いがなく、今後も障害補償年金として年額金二六七万三、〇二〇円の支給を受けることになっていることは弁論の全趣旨によってこれを認めることができる。そして、右労災保険の適用関係においては、被告三井三池が事業主であり、原告勝美はその従業員であって、被告濱田組はいわゆる第三者という扱いになっていること前述のとおりである。

被告濱田組及び同三井三池は、原告勝美が既に給付を受けた前記金員及び将来給付を受けることが確定している金員は同原告の損害から控除すべき旨主張するが、既に給付を受けた金員中、労災就学等援護費として支給を受けた金一四万七、〇〇〇円を除く合計金一、三一三万五、〇二二円は本件事故による損害の填補の性質をも有する金員であるから(労災就学等援護費は一定の条件の下で、受給者の子の就学を援護する目的で支払われるもので、その支給要件等に鑑み、損害填補の性質を有しないと解される。)、これを原告勝美の前記逸失利益から控除すべきは右主張のとおりである。しかし、未だ現実の給付がなされていない分については、たとえそれが将来にわたり継続して給付されることが確定していても、これを右逸失利益から控除する必要はなく、このことは事故が使用者の行為によって生じたか、第三者の行為により生じたかを問わないものと解するのが相当である。何となれば、原告勝美には本件事故により生じた損害を一括して請求すべき権利があり、本訴によりその意思を明らかにしている以上、将来の給付額を控除することにより分割弁済を受けると同様の結果を得せしめたり、又同原告の死亡等により場合によっては十分な損害填補を受け得ない危険を負担せしめることはできないものと解されるからである。

してみると、原告勝美の前記逸失利益は、既に填補を受けた右金一三一三万五〇二二円の限度で控除すべきこととなる。

(過失相殺の主張について)

本件事故に至る経緯や本件事故の態様については既に述べたとおりであるが、要するに、原告勝美は本件作業を行うにつき、本件ベンチュリーノズルの上部に付着していた石こうスケールが落下してくる危険性とか、そのために右作業を行うに際しては、まず上部の右石こうスケールをはつり落してから行うようにとの具体的指示は何ら受けておらず、被告濱田組及び同三井三池からは、単に、「前回行ったと同様に、本件ベンチュリーノズル下部にステンレス鋼板を貼り付けて欲しい。」という程度の作業内容そのものについての指示を受けただけであって、事故当日、被告濱田組の前記高橋隆道から石こうスケールをできるだけ除去するようにとの指示はあったが、同原告は右指示によるはつるべき石こうスケールとは補修部分たるベンチュリーノズル下部のステンレス鋼板を貼り当てる部分のそれと理解し、右ベンチュリーノズルに赴いたところ、そこに組まれている作業足場も上部の石こうスケールをはつり落すのに用いるべきものでもなく、前回行った同様の作業でも上部の石こうスケールははつり落してはおらず、右作業は無事完了していることや、本件作業においても、ベンチュリーノズルに付着している石こうスケールは一見したところ容易に落下して来そうにもなかったので、鉄パイプで右スケールを少しつついてみて、その状況を一応確かめたうえ本件作業にとりかかり、本件事故に遭遇したものである。

右事実経過に照らし、又、原告勝美が石こうスケールの化学的性質等に関する知識に乏しいことや作業内容についての裁量権も殆んど与えられていない事情にあったこと、更に前記本件事故当日における前記高橋隆道の指示内容は既に述べたところから、原告勝美が理解したとおりの趣旨であったと考えられること等の事情を併せ考えると、本件事故につき原告勝美の過失を問うのはやや酷に過ぎるとの感もないではない。

しかし、原告勝美とても一面においては作業員二名を擁した事業主であって、その作業員に対してはその安全を配慮すべき義務を負う立場にあったものであり、本件作業を行うに当っても、いかに石こうスケールの化学的性質等に関する知識が乏しいとはいえ、右石こうスケールが円筒形のベンチュリーノズルの内部、樹脂ライニングを施した上に、単に付着しているに過ぎず、上部の石こうスケールに相当の自重があることは当然理解していたものと考えられ、してみれば、かかる石こうスケールにつき、その下部のみをはつり落して上部の石こうスケールの支えを失わしめ、更にハンマーによりベンチュリーノズル自体に強い振動を与えれば、上部石こうスケールが落下してくるやも知れないことは一応は疑がってみるべきであり、同原告は前記被告ら担当者と異り、現実に本件作業現場に臨み、ベンチュリーノズル内部の石こうスケールの付着状況をつぶさに現認し、一度は、鉄パイプで右スケールを少しつゝいてその付着状況を、一応、確めている位であり、さらに、本件作業を実施するものとして右作業の内容特に、作業に伴う振動とか一部石こうスケールの除去の模様についても現実にこれを認識し得たのであるから、作業開始のみならず、作業の進行により石こうスケールの付着状況に変化が起り、場合によっては落下する危険のあることを予想し得ないものでもなかったと考えられる。そうだとすれば原告勝美としても事前に右危険を予想し自らその回避措置をとるか、自己のみの力でこれをなし難いときには被告濱田組または同三井三池の担当者らに連絡してその注意を促し、危険回避の措置を求めることもあり得たところであるから、本件事件発生につき原告勝美においても過失の一端のあることは否定できないものというべく、その割合は前記事情や同原告のおかれた立場を考慮すれば、二割とするのが相当と認められる。

(まとめ)

以上検討したところによると、原告勝美は前記逸失利益から同労災給付金を控除し、これと慰藉料を除くその余の損害の合計額の八割に相当する金額と右慰藉料とを合算した金六、六五七万九九二一円の損害を被ったことになり、そのうちの逸失利益、慰藉料及び付添費用に相当する金六、〇一三万〇、七二一円については本件事故の発生した昭和五一年四月七日から、又、個室代及び付添婦食事代分に相当する合計金一一万六、四〇〇円については、右各金員の支払後であり、記録上本件訴状送達の日の翌日であることが明らかな同年九月二八日(但し、被告濱田組に対しては、同年同月二六日)から、それぞれ支払済みに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を請求できることとなり、原告一美もその損害金四〇〇万円については、右同様同年四月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金を請求できることになる。

五  結論

以上の次第であるから、原告らの被告らに対する請求は、原告勝美において被告濱田組及び同三井三池に対し、金六、六五七万九、九二一円及び内金六、〇一三万〇、七二一円に対する昭和五一年四月七日以降、内金一一万六、四〇〇円に対する同年九月二八日(但し、被告濱田組に対しては同年同月二六日)以降、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いを、又原告一美において被告濱田組及び同三井三池に対し、金四〇〇万円及びこれに対する同年四月七日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いを、各請求する限度においていずれも理由があるからこれを認容し、原告らの被告濱田組及び同三井三池に対するその余の請求並びに被告帽田次郎及び同電源開発に対する請求は、いずれも失当であるから棄却することとして、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条本文を、仮執行の宣言につき、原告一美の勝訴部分については仮執行の宣言を付するを相当としないので右部分の申立はこれを却下することとし、原告勝美勝訴部分については同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村捷三 裁判官 辻川昭 河村吉晃)

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